柴田の独り言


作品を作る喜び
コメント(0)| Track back(0) | 2007年06月11日
 

 『第6回かねあい道場〜ろくでなし、金もなし、道場するから愛をくれ〜』

6月16日(土)

ベッシーホール

OPEN 18:00
START 18:30
前売り1000円、当日1500円

□出演順: ムックリタッチ&ミー 得能大輔 這子 WAVER かねあい

詳細はコチラまで→http://www4.plala.or.jp/kaneai/


”這子”と書いて、”ホウコ”と読むんだそうです。詩を舞台化したいという伊藤秋院くんの手伝いをしています。
二年前の一月に締鯖デニーロ”という名前で彼の主催したイベント”君雪落”というイベントに参加しました。

ムックリタッチアンドミーの友人たちと千年王国の榮田さんと素子さんと赤沼君で、
彼の詩を基に30分くらいの舞台を作ったのがきっかけで今度は、
彼のバンドのメンバーと一緒に舞台を作っています。

ここ数日、日夜作業をしているとああ、創作というよりも今、職人の仕事をしているように思います。

ぼくは、演出と、出演と、小道具と、舞台装置(忙しいのに松井啓悟さんが実は手伝ってくれています、うれしい!)を作っています。

彼のバンドは札幌でいろんな人たちの音楽を聞きに回っている中でも、やっぱり異色で、
ラップとバイオリンと舞踏という音楽を作っており、詩と音楽、言葉と体、入り乱れて絡まりあって、
どこえ向かって行こうとしているのか、それらを紐解こうというのが今回の内容だ。

彼が吐き出す大量の言葉に今を見て、 
みずほちゃんのバイオリンがとにかく悲しいのですが、
愛美ちゃんがそれらを大切に抱きしめ踊ってくれるのです。

河原乞食が日本の伝統芸能と呼ばれるものを産んだと聞くように、似て非なるものですが、
あの混沌とした関係の中に埋没することなく彼らの美が這い上がってくることを期待します。

長い人生からみて、ほんの少しの出来事ですが、そこにぼくが加わるということは未知であって、未知なるものへ感謝します。

それは、男女問わず作品を通して交わり合いながらより深いコミニケィションを試みるひとつの世界であり、
目に見えない想いに形を与えることです。何かを変えようとして、気がつけば、自分自身が変わって行きます。

数字の”6”がとにかく嫌いなのですが、”8”が好きです。
今月を早く抜け出したい、ですが16日はいい日取りです。半分すると8が二つでぼくの数字です。
よかったよかった。

這子のこれからの活動も楽しみなのですが、
ムックリタッチアンドミーも見逃すことのないようにしたい。
どうぞ、柴田の独り言ですが、耳に入ってきた際には、舞台へ会いにきてください。

待っています。










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